今年映画館でアニメを100回見たので、2024年アニメ映画10選(ベスト10)を選ぶ
おはようございますこんにちはこんばんは!あけましておめでたい方にはあけましておめでとうございます。こめにくしおです。
ずっとやりたかった年間アニメ映画10選(ベスト10)をやります。
昨年は15本ほど見て10本選べるかな~と思っていたのにどれも良すぎて選びきれませんでした。だから今年はもっと大量に見たよ。逆転の発想だ。
見たアニメ100回の内訳が気になる人がいたら、こちらを見てね。
note.com
書いているのはあくまで個人の感想であり、ランキングも個人の好みです。そこのところ、よろしくお願いします。
いつものことですが、キャラクターの呼び方は名字で呼んだりさん付けだったり名前呼び捨てだったりブレブレです。すみません。よろしくお願いします。
候補作品
見たアニメのうち、2024年に日本で初公開された作品を対象とします。総集編や、劇場先行で公開されたアニメのうち全話分劇場で公開されたものも含みます。
以下が対象作品のリストです。
- BLOODY ESCAPE 地獄の逃走劇
- 大室家 dear sisters
- 大室家 dear friends
- 劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦
- 映画ドラえもん のび太の地球交響曲
- 映画おしりたんてい さらば愛しき相棒(おしり)よ
- デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前編・後編
- FLY!フライ!
- 機動戦士ガンダムSEED FREEDOM
- クラメルカガリ
- クラユカバ
- ブルーロック -EPISODE凪-
- 名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)
- 映画 きかんしゃトーマス 大冒険!ルックアウトマウンテンとひみつのトンネル
- コードギアス奪還のロゼ 第1~4幕
- トラペジウム
- i☆Ris the movie -Full Energy!!-
- 好きでも嫌いなあまのじゃく
- 劇場版「ウマ娘 プリティダービー 新時代の扉」
- 数分間のエールを
- 「ツキウタ。」劇場版 RABBITS KINGDOM THE MOVIE
- 劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく!Re:
- 劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく!Re:Re:
- ルックバック
- それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン
- アイドルマスター シャイニーカラーズ 2nd Season 第1~3章
- ヤマトよ永遠に RIBEL 3199 第一章 黒の侵略
- ヤマトよ永遠に RIBEL 3199 第二章 赤日の出撃
- 劇場版すとぷり はじまりの物語 Strawberry School Festival!!!
- 化け猫あんずちゃん
- 怪盗グルーのミニオン超変身
- 劇場版モノノ怪 唐傘
- めくらやなぎと眠る女
- インサイド・ヘッド2
- 僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ユアネクスト
- 映画クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記
- きみの色
- わんだふるぷりきゅあ! ドキドキ!ゲームの世界で大冒険
- トランスフォーマー/ONE
- 五等分の花嫁*
- 劇場版「OVERLORD」 聖王国編
- ふれる。
- ゴミおばけがやってきた
- 劇場版 Bang Dream! It's MyGO!!!!! 春の陽だまり、迷い猫
- 劇場版 Bang Dream! It's MyGO!!!!! うたう、僕らになれるうた&FILM LIVE
- がんばっていきまっしょい
- 劇場版「進撃の巨人」完結編 THE LAST ATTACK
- ロボット・ドリームズ
- 映画 ギヴン 海へ
- 風都探偵 仮面ライダースカルの肖像
- 劇場総集編 幻日のヨハネ SUNSHINE in the MIRROR
- 俺だけレベルアップな件 ReAwakening
- PUI PUI モルカー ザ・ムービー MOLMAX
- モアナと伝説の海2
- 劇場版忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師
- ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い
計62本です。
公開されたもの全てを見たわけではありません。
つらい。ゼーガペインSTAを見させてくれ。
では早速ベスト10を発表していきます。まずは4位まで。
4位まで
10位 きみの色 劇場公開日:2024年8月30日
きみの色は、多様性を肯定する作品だと思っています。宗教の教えはお行儀よさを求めているように見えて先生が解釈の多様性を提示したり、人とのかかわりの中で自分を知ったりすることで、トツ子やキミちゃんの内心、もっといえば存在を肯定してくれる、そういう物語だと受け取りました。人によって解釈に多様性があるのは宗教の教えだけでなく音楽もそうで、だからこそ3人がそれぞれの内心をつづった曲が色々な人に届いて受け入れられていく...本当に素敵だ。
トツ子、可愛い。トツ子が主人公で良かったと思います。物語の軸は間違いなくキミちゃんにあるんだけれど、トツ子の目線から世界を描くことで、すごくたくさんの優しい色に包まれた作品になっていると感じました。
9位 トランスフォーマー/ONE 劇場公開日:2024年9月20日
とにかく「凄い!」となるシーンが連続する映画。最初の管理棟からの逃走に始まり、鉱山からの避難、レース、地下からの脱出、トランスフォーマーとしての覚醒、親衛隊との遭遇、労働者たちへの演説、都市での決戦、ディーの暴走、主人公の覚醒、そして真のヒーローの誕生まで...興奮するシーンが盛りだくさんでした。
これだけ大迫力の映画になっていながら、物語のベースとしてオライオンパックスとディーの友情の変化が描かれている点が素晴らしかったです。労働者として二人で笑いあっていたあの頃にはもう戻れない、という切なさを感じる作品になっていて、そこが個人的にかなり好きです。
8位 コードギアス 奪還のロゼ 第3幕 劇場公開日:2024年7月5日
戦えば騎士の恥、お姫様にはエロ拘束をほどこし、無実の民を残酷に殺害する、人間性どん底のシザーマンが輝いてたロゼ第3幕は熱かった。アッシュが来たら絶対に殺される、という状況下でそれでも人質を使って偉そうに振舞えるのは悪役たるガッツがあって好きです。シザーマンが喋る度に後ろのガラス越しに何もない空間が映されるのが、アッシュの登場への観客の期待を煽っているように感じて楽しかったです。
ラズベリーちゃんの正体が発覚してアッシュが青くなったり赤くなったりしてるところは、今年劇場で見たアニメでは観客の笑い声が一番大きかったと思います。俺も声出して笑っちゃいました。「ラズベリーは俺だよ」って言われた後に「いつからだ」という意味不明な質問するアッシュが面白すぎるんですよね。アッシュを騙すために途中からラズベリーと入れ替わった、なんてありえないのに。
7位 化け猫あんずちゃん 劇場公開日:2024年7月19日
俺たちはいつだって、日本の田舎の夏に帰れるんだ...この作品は創作に溢れる存在しない夏の思い出のうちの1つで、その中でも特に素敵なものの1つ。化け猫のあんずちゃんと、マセガキのかりんちゃんの夏の思い出。
かりんちゃんがあんずちゃんに出会って、「大人びてるね」なんて普通の大人は褒めてくれそうな振る舞いの仮面が共に過ごす中で少しずつ剝がれていき、最後はお父さんに我儘を言ってあんずちゃんともう少しだけ過ごすことを選ぶ...素晴らしい。子供が子供らしさを取り戻していく過程を描く作品が大好きです。
俺はあんずちゃんのことが本当に好きです。今年のアニメ映画に登場するキャラクターで一番好き。今でもたびたびあんずちゃんのことを思い出して笑顔になります。俺もあんずちゃんがいる夏に帰りたいなぁ。
この映画は「ロトスコープ」と呼ばれる、実写で撮影した映像をトレースしてアニメにする手法が採用されています。だから見たことないような面白い画面が多くてとっても楽しかった。風景がキャラクターにすごく馴染んでいるような印象なのに、立っているのは二足歩行の化け猫なのが愉快でたまらなかったです。素敵な画面を一個一個紹介していたらキリがないのでせめて1つだけ...ごめんなさいやっぱり無理です選べません、全部が素敵です。今年見逃した人は来年の夏に絶対見てください。
6位 ロボット・ドリームズ 劇場公開日:2024年11月8日
万人に薦めたくなる心温まる映画。孤独を抱える人はきっとどこにでもいて、その人に合った最高の隣人をいつだって探していて、かけがえのない相手との出会いがいつか運命的に訪れ、幸せになれる...そんな希望を抱かせてくれる素晴らしい作品でした。
特に印象的だったのは、ロボットがドッグに再会する空想の中でティムが見せた表情。ロボットにとってのドッグ、ティムにとってのドッグ、そしてロボットにとってのラスカル...ロボットやティムの視点から見てもドッグやラスカルはかけがえのない相手なんだ、と思わされてすごく感動しました。
この映画で一番好きなシーンは、ラスカルに修理されたロボットが起き上がり、ラスカルと目を合わせる場面。二人の間で時間が止まったような感覚がありつつも、同時に照明が揺れることで二人の時間がゆっくりと同期していくような気がしました。表現力が本当に素晴らしくて、僕が死ぬときに走馬灯に映りかねないほどの名シーンです。これがなかったら、最後のロボットの決断を受け入れられなかったかもしれません。こういう素敵なシーンがこの映画にはいくつもあり、ラストの大きな感動に繋がっていると感じます。
何度でも見たい、1年後にも10年後にもまた見たい、そう思える作品です。ロボットドリームズ、フォーエバー...。
5位 インサイド・ヘッド2 劇場公開日:2024年6月15日
自分の内側にある感情に向き合うきっかけを与えてくれる、素晴らしい作品。
ライリーが成長して、感情が増えて、思い通りにはいかないこともたくさん出てきて、自分の内側も外側も何もかもはコントロールできない。嫌なことから完全に逃げることはできないし、嫌な気持ちになることからも逃げられない。でも、内面の感情たちは誰も彼もがライリーのために存在していて、ライリーを愛してくれている。そしてライリーを愛してくれる人は、外側にもいる。物語に込められた大きな感情を感じて、見ていてとても嬉しくなりました。
寓話かと思うような内容ながらエンタメとしてめちゃくちゃ面白いのもすごい。ランスのくだりは何回見ても笑ってしまいます。
インサイド・ヘッド3はあるのか!?3が来るとしたら、恋愛なのかな…見たいような見たくないような気持ちです。
4位 大室家 dear friends 劇場公開日:2024年6月21日
オー...ディスイズジャパニーズ百合アニメーション...。イッツソークール...。
クラスで仲のいい三人の女の子のうち誰かと恋人関係にあって誰が恋人なのかは視聴者にすら明かされない、つまりこれは謎解きアニメーション...そんな下品な謎解きがあってもいいのか!?これ女の子同士だからギリ成立してるだけで、男が三人の女の子に思わせぶりなことして一人と付き合ってるの隠してる、だったら炎上必至だろ!!!こんな...こんなことが許されるんですか!?最高じゃないか...。最高じゃないか!!!
日本の百合アニメ、万歳!!!
ちなみに俺は、あの声は東山奈央さんだと思っています。
ニヤケ笑いとしてもギャグに対する笑いとしても、今年自分を一番笑顔にしてくれたのはこのアニメでした。大室櫻子がめっちゃツボに入るし、三森すずこさんのギャグ演技もツボだし、何回か声出して笑ってしまいそうになりました。
個人的な思い出として、最近は深夜アニメの劇場版とかも多くなったけれど、ヤマノススメのOVAだとか、あさがおと加瀬さんだとか、見ているおっさんが全員ニヤケ顔で腕組んでるアニメを目的に映画館に行っていた過去があり、そういう体験が2024年にもできる嬉しさもこの映画にはありました。来年も再来年も、こういう楽しみがありますように。
日本のアニメ映画に限定した場合
他の方の作った10選でよく「日本のアニメ映画10選」という限定条件をよく見ます。その条件だとベスト10のうち3本が対象外となるので、それらを対象外とした場合に10選に入れたいアニメ映画をベスト3の前に発表します。
ルックバック 劇場公開日:2024年7月19日
押山清高さんという現代随一のアニメーターが作り上げた渾身のアニメーション映画。テーマだったりメッセージだったりが注目されがちではあるけれど、第一にアニメとして絵がとにかく優れていて面白かったです。
BLOODY ESCAPE 地獄の逃走劇 劇場公開日:2024年1月10日
ダークな雰囲気の中で輝く光の演出がすごく印象的な映画。ルナルゥの「自分の人生に影は残したくはない」という言葉から、ギラついた世界の光に背を向けて希望の光に向かって逃げていく姿がとても好きです。逃走の果てに見つけるヨコハマの光が本当に美しい。TVシリーズから「逃げる」ということを肯定してきたエスタブライフの映画として、スケールとしても表現としても優れた作品でした。
モノノ怪 唐傘 劇場公開日:2024年7月20日
妖怪なんかの不気味なものと和風のものの掛け合わせってどうしてこんなに魅力的なんだろう。この映画はかなり描写が複雑、というか一回見ただけじゃ意味を取り切れない部分が多くて、でもそういった複雑さでこちらを惑わしてくるのも不気味な雰囲気作りに一役買ってて良いなと感じました。
アクションもかなり好きでした。特に薬売りが門番を突破するところがカッコよかったです。薬売りのかっこよさがこのアニメの最大の魅力なところある。来年の続編も楽しみです。
3位
映画 ギヴン 海へ 劇場公開日:2024年9月20日
未来に物事を進めていくって、何かをとりこぼしながら別の何かを得て、走り続けるってことで、未来に立っている自分は何を取りこぼしていったのか覚えていることすらできないんですよ。この映画は、忘れていってしまうことに対して「それでも何かは残るんじゃないか」ってことを言っています。その何かは音楽に残るんだって、言っています。音楽って本当に素晴らしいものなんだなぁ。
その音楽が、「海へ」が柊や上野山の手で真冬に伝えられるってところが本当に好きです。本当に優しい想いがこの曲にはあって、この曲を通して柊や上野山が伝えたいのも、優しい気持ちで...大好きです。
「海へ」が歌われるシーンは今年アニメ映画で何度もあったバンド演奏シーンで、個人的No.1です。観客が「これって...ラブソング!?」って言ってるのも、上野山しか見えなくなった真冬が「なんだよ、そのギターリフかっこよすぎだろ」って言ってるのも、まさにバンドの演奏に対して観客が抱く感想そのもので、自分もライブハウスにいたような気持ちになれて、体験として素晴らしかったです。
2位
劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦 劇場公開日:2024年2月16日
約束された最高のアニメ、ハイキュー!!。一番かっこいいやつらの一番熱い物語。
ハイキュー!!は視点のアニメだと思っています。コード上の一人一人のみならずコートの外にいる人たちのこともそれぞれしっかり掘り下げることで、1つの試合にたくさんの視点が存在する。だからアニメを観る側もどこかの視点に自分を見出せて楽しむことができる。それがハイキュー!!という作品の絶大な魅力につながっているんだと考えています。
このたくさんある視点が一斉に1つになる瞬間がこの映画には2回存在します。1つは日向にオープントスが上がるシーン。トスがゆっくりと高く高くに上がることによって生まれた奇妙な間によって、コート外の観客の視点がボールという一点に集まってくる。そして、ボールを追うように飛び上がった一人の小さな選手が、コートの誰もが届きえない高い打点からボールを打ち下ろす。日向翔陽という選手に誰しもが注目する瞬間。日向翔陽が1人のスパイカーとして認められる瞬間。美しすぎます。
視点が1つになる瞬間、もう1つはマッチポイントでの研磨のシーン。これは瞬間というには長くて、ラスト1ポイントの時間はほとんど研磨の目線にリンクした絵が描かれます。当初は試合全体を俯瞰的に見つめていた研磨が、日向翔陽という存在に引っ張られて、たった1ポイントのためにボールを必死で追いかけるその目線が描かれています。マッチポイントをめぐるラリーの中で、研磨は転がりながらボールを取るんですが、研磨が転んでからいつ立ち上がったか画面からわからないんですよ、たぶん研磨も分かっていないんだと思います。それだけ熱くなっているんです。すごいのは、研磨がこんなにも熱くなっていく過程が映画内で0から描かれていることで、だから映画を見ている人も研磨が熱くなる過程を辿っているんです。あの瞬間、「ボールを落としたくない」と思う研磨の情熱に、コートの外どころか画面の外の自分ですら共感できる。目線が1つになっているんです。研磨と映画館にいる人たちの目線が、絵的にも心情的にも。それって凄すぎるでしょう。
この試合はとにかく日向と研磨の対比が主軸だと思っていて、見られる日向と見る研磨、そういうところでもバチバチに対比が決まっているのもめちゃくちゃ気持ち良かったです。本当にありがとうございます。大ヒットおめでとうございます。
ハイキュー‼︎は林ゆうきさん・橘麻美さんの天才的な劇伴楽曲たちも魅力。いつも本当にありがとうございます。この映画の楽曲もどれも抜群にいいものばかりですが、1番のお気に入りは「わくわく」。緊張感の中にある楽しさ、喜びが音楽から感じられてたまらない。
1位
数分間のエールを 劇場公開日:2024年6月14日
今年一番熱いものをくれた作品です。作品のテーマはタイトルそのままに「モノづくり」へのエール。
このアニメを初めて見ている時に思ったのは「弱くてごめん」でした。今までたくさんのアニメを見てきて、たくさんのアニメが俺へエールを送ってくれたはずなのに、送ってもらったエールに見合うような人生を送れているとは到底思えていなかったから。このアニメが発する強すぎるエールも俺はそのうち忘れて、自分の「こうしたい」を隠して中途半端な仕事をして、曖昧なままアニメの上澄の面白さだけ摂取して生きていくんだ、と思ってしまった。
でも、朝屋彼方は、潤沢な才能を存分に振るって豊かな作品を作っているんじゃなくて、才能がないと自分では思っていて、だから「他人の音楽が生む光を届ける」という形での創作を選んでいるんです。それを「モノづくり」として肯定してエールを送ってくれるこの作品が、本当に嬉しくて、熱くて、自分もやらなきゃって思わせてくれました。
頑張りたい。俺の仕事もモノづくりっちゃあモノづくりだから...新しいものを生み出すという意味でも、そのまんま物を作ると言う意味でも。
こちらのブログにも作品への思いの丈をぶつけているので、読んでない方がいらっしゃったら是非ご一読ください。よろしくお願いします。
t.co
総評
自分が好きなものを扱っている作品だったり、自分が今直面している悩みに近いものをテーマにした作品だったり、そういった自分向けの要素をもったアニメしか大好きにはなれないんだと、最近は特に感じます。作品の中に自分を見つけると楽しいです。例えばあんずちゃんやロボット・ドリームズでは、七輪から落ちた肉を拾ってそのまま焼くような、ものぐさなおっさんの姿に自分を重ねて笑ったりしています。
どこかで見た「読解力のピークは20代後半から30代前半」という記述に影響を受けて、ピークを過ぎないうちに、楽しめるうちにアニメ映画に全力を注いでみたいという欲求をベースにたくさんのアニメ映画を見るようになりました。しかし、ピークを過ぎたとしても作品の中に自分を見つけられれば十分楽しめるのでは、むしろその「自分」の植え込みを今やっているんじゃないか、と今は感じています。来年もたくさん見れるといいな。
おまけ
ここからはおまけです。
2024年アニメ映画ベスト楽曲
嘘じゃない ずっと真夜中でいいのに。 好きでも嫌いなあまのじゃく
嘘じゃない。この歌を考えていったときに、ストレートすぎるほどの聞き手へのメッセージがこめられているように感じて、それを疑ってしまう自分に「嘘じゃない」が刺さりすぎる。嘘じゃない、嘘じゃないんだ。
未明であんだけやりつつも歌詞の読解を書くのって個人的にはルール違反というか、解釈多様性の確保のために控えておきたいとというか、とにかくあんまりやりたくないしやるべきでもないと思っています。なので映画の内容に触れつつ、嬉しかったポイントを書きます。
この歌って「再会」をテーマとした曲だと個人的に思っています。「好きでも嫌いなあまじゃく」は主人公とヒロインが2人で旅をしていく中で、色んな人に出会って、別れて...を繰り返す内容になっています。そのように縁を積み重ねていって、旅の目的を果たした主人公とヒロインはそれぞれのかえるべき場所に帰ります。それでEDが流れる。何がいいって、このED後に2人が再会するところが描かれるんですよ。回収が気持ち良すぎる。この映画がなければこんなにこの曲を好きになることはありえなかった。この映画のおかげで大好きな曲に出会えました。本当にありがとう。
未明 織重夕(菅原圭) 数分間のエールを
作中で何回も流れるし、作品を何度も見たし、日常生活でもずっと聴いています。だって、先生の歌は本当にいいんだ。
楽曲について考えていることは前述のブログでおおよそ書ききったので、ドルビーシネマ版を見た時に新たに思ったことを書きます。まず、キーボードの音が良すぎる。歌始まりだから目立たないけれどキーボードめちゃくちゃ良いです、この曲。やっぱり一度、一度だけでいいから生バンドで聞かせていただけないでしょうか...。クラウドファンディングとかやってもらえればお金は出します!!!そして最後のMV、でかい画面で見ると迫力やばすぎます。情緒を直接破壊される感覚がありました。
また映画館でこの曲を聴きたいです。その機会が訪れますように。
もっと評価されるべきアニメ映画
i☆Ris the movie -Full Energy!!- 劇場公開日:2024年5月17日
もっと評価されるべきアニメ映画を推薦するときは、こんなところまで来て俺の文章を読んでくれるあなたですら見ていない作品を紹介したい。それがこちらです。「i☆Ris the movie Full Energy!! 」。
極めて正直に評価をするのであれば、本編全体に歴史に残るような面白さはない。だが、この映画が語るメッセージは他の作品とは一線を画している。i☆Risは2012年に結成されたアイドルユニットで、この映画はi☆Risのこれまでの10年とこれからの10年を語る映画となっている。アイドル系の作品で過去 - 現在 - 未来を語る作品が作られるとき、それは「卒業」を表す作品であることが多い。昨年公開されたアイカツ!の10周年映画はまさにそうだった。10年という時間はとてつもなく長い。10年前の自分と今の自分は全然違う。そんなときに昔と変わらず夢を追いかけるキャラクターがそこにいることで、そしてそれが未来へも続くことを知って、我々はとてつもない感動を覚える。しかし、i☆Risは想像上のキャラクターではない。i☆Risには我々の10年と同等の時間が流れている。なのに、これからの10年を語る映画になっている。それって実はとんでもなくすごいことじゃないか。i☆Risにしかできないアニメだったことは間違いないと思います。
個人的に一番評価しているポイントはラストのステージ。10年間の活動の厚みがのって、アニメ映画史に残りうるステージになっていると個人的には感じている。i☆Risってすげえや。
2024年はありがとうございました。2025年もよろしくお願いします。
アニメ映画を楽しんでいくぞ!!!!!!
『未明』について【アニメ映画 数分間のエールを 感想】

おはようございますこんにちはこんばんは。こめにくしおです。
アニメ映画「数分間のエールを」を見てきました。
『未明』という曲について、主人公がMVという形で作者の思いと異なる解釈を与え、作ったMVを否定され、それでも...と作り続けた先に作者ですら見失っていた曲の中のエールを見出し形にする、その内容にとても感動しました。
そこでこの記事では、主人公がやった解釈の真似事をしてみようかと思います。具体的には、『未明』について作者である織重夕(おりえゆう)の捉え方と主人公である朝屋彼方(あさやかなた)の受け取り方、そしてその2つが重ね合わさった結果どういうエールへと昇華したのかについて、僕が感じたことを書いていきます。
めちゃくちゃ楽しんだ人も、よく分からなかった人も、作品が合わないと感じた人も、この記事を読んで、「数分間のエールを」を今よりも楽しむきっかけにしていただけると嬉しいです。
記事の内容にはネタバレを含みます。ご注意ください。
拙い文で恐縮ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。
- 『未明』が歌われた場面と受け手について
- 夕と外崎の解釈 モノづくりを諦める人の歌
- 彼方の解釈 一度諦めるが再度挑戦する人の歌
- なぜ彼方が作ったMVは否定されたか
- 『未明_02』の解釈 僕が肯定してみせる
- おまけ 「朝」と「夕」と「星」
『未明』が歌われた場面と受け手について
本題に入る前に少し整理します。『未明』はラストのMVを含めると作中では3度歌唱されています。それぞれどういうシーンだったかを確認します。
1度目 雨の中での『未明』 彼方と夕の出会い
MV作りのインスピレーションのために彼方が街の中の素敵なものを探し回っていたところ、ギターを持って一人歌う夕と出会います。あまりの感動に彼方は持っていた傘を落として、夢中で夕を撮影しました。一方夕は、彼方の制服の校章を見るなり逃げだしてしまいました。落としたスマホから18時半であったことがわかります...。全然未明じゃない。
2度目 ライブハウスでの『未明』 外崎大輔(とのさきだいすけ)が受け取る曲のメッセージ
MV作りを許可した夕から「ちゃんと聴いたことがなかったよね」と招待され、外崎と彼方がライブハウスに行くシーンです。外崎から完全アウェーだと評された夕でしたが、興味なかったはずの他バンドのファンすらも惹きつける歌を歌いました。夕が歌う姿を見て彼方は非常に喜びましたが、外崎は曲中でもライブ後にも複雑な表情を浮かべていました。実はここで歌われた『未明』がきっかけで外崎は自分の絵の道を諦めていたということが後に分かります。夕からは「だから外崎くんは分かったんだと思う」と言われ、ライブハウスで歌われた『未明』についての解釈は夕と外崎で共通していることが明らかになっています。
3度目 公開されたMV 『未明_02』
作中最後で公開されるMVでの『未明』です。Youtubeらしきサイトで公開されています。
こうして振り返ってみると、彼方が夕と出会ったことをきっかけにして、『未明』を聴く人はどんどん拡大しています。最初は彼方一人、次にライブハウスの人たち、そしてMVを見た全員...素敵ですね。ライブハウスで好きだって思ってくれた人は、きっとMVも見てくれているんでしょうね。
夕と外崎の解釈 モノづくりを諦める人の歌
作中では特にライブハウスで歌った2度目の『未明』の解釈です。先に書いた通り、このとき外崎が受け取ったメッセージと夕が歌に込めた思いは共通しているので、外崎が言ったことも材料にして見ていきます。
夕の思い
ライブハウスで夕は「この曲がダメだったら諦めようと思って作りました」と言ってます。また、美術室で彼方の作ったMVを否定した理由を説明する時に「君は自分の作ったものが大勢の人の心を動かせるって純粋に信じているけれど、この曲はそうじゃない」とも言っています。つまり『未明』は、自分の作ったものが人の心を動かせるとは信じられなくなった夕が、自分に残った最後の思いを込めて作ったものだということが分かります。
外崎の受け取り方
彼方が公園でMVを否定された帰り道に、外崎が彼方の自宅の前で待っていて、傷心だった彼方が溜めていたストレスを吐き出してしまったことをきっかけに外崎が自らの心情を吐露します。そして外崎は自らが絵の道を諦めるきっかけとなった『未明』についても話します。「あの曲は、モノを作ること続けていくことができなくなった自分に向けた歌なんだよ」「100曲作ってダメだったけれど、それでも自分がやってきたことは無駄じゃなかったって歌っているんだ」、それが外崎が『未明』から受け取ったメッセージでした。
歌詞から読み取る意味
夢との距離、夢を追う苦しみ
叶えたいと思うほど離れそうだ
その距離を測るだけ・・・日が暮れたの
もういいよ
忘れたいと願うほど刻まれるから
無くしたの 考えること
悪くないよなLyric&Music:VIVI Voval:織重 夕 feat. 菅原圭 Direction&movie:Hurray! (2024)「未明」
夢との距離があまりにも遠いと感じている心が表されています。作中で夕が言ったことに照らし合わせて考えると、ここでの夢とは自分の作ったもので大勢の人の心を動かすという夕の夢のことです。「君は自分の作ったものが大勢の人の心を動かせるって純粋に信じているけれど、この曲はそうじゃない」と夕が言っていた通り、100曲を作るという過程ので、夢と現実との遠すぎる距離を感じ、苦しみ、夢を叶える自分を純粋には信じられなくなってしまった夕の心情が歌詞に込められています。「もういいよ」というどこか投げやりの言葉だったり、苦しみを忘れるために考えるのをやめたことについて「悪くないよな」と完全には肯定できていない様子だったり、抱えた迷いもここに表現されています。歌詞全体を見たときに「心がふたつに分かれた」からここの「悪くないよな」までは過去の振り返りであり、夢を叶えようとずっとモノづくりを続けてきた過程が苦しみと共にあったということが表されていると、僕は思います。
夕の選択
「あなたは自由なんだよ」
この世界は嘘の代名詞だ
簡単に言わないで 痛いのLyric&Music:VIVI Voval:織重 夕 feat. 菅原圭 Direction&movie:Hurray! (2024)「未明」
「あなたの自由なんだよ」
この言葉に嘘はないから
行進を止めないでいてLyric&Music:VIVI Voval:織重 夕 feat. 菅原圭 Direction&movie:Hurray! (2024)「未明」
1つめは曲前半の歌詞の一部分であり、2つ目は曲の最後となる歌詞です。「あなたの自由なんだよ」の対称となる言葉として「あなたは自由なんだよ」という言葉が曲前半の歌詞に含まれています。この2つの言葉の対称性のキーワードは「嘘」で、「あなたは自由なんだよ」は「この世界は嘘の代名詞だ」「簡単に言わないで」と否定している一方で、「あなたの自由なんだよ」は「この言葉に嘘はない」としています。助詞が1つ違うだけの2つの言葉のどこが違うのでしょうか?個人的には、「あなたの自由なんだよ」には何も作ってもいいだとか何を表現してもいいだとかそういった解放性を感じる自由を表しているように感じるのに対して、「「あなたの自由なんだよ」」は選択の自由、つまり限られた条件の中で発生するような自由を表しているように感じます。限定された自由よりは解放的な自由の方が優れているように見えて、歌詞中で後者が否定されていることに違和感を感じるかもしれません。ですが、創作の苦しみの中にいる人に対して、自由に作っていい、と言っても、簡単に言うな、と返されることは妥当だと僕は思っているので、この理解が正しいと考えています。
この理解で解釈を進めると、夕に与えられた選択の自由とは何だったのかという疑問が湧いてきます。ここで、もう1部分歌詞を引用します。
降りたホーム、2番線
去った電車に一礼
そっか終点まで手持ちがないのか
走っていくのも待っているのも
決めらんない私へ
1番線から叫んでいたLyric&Music:VIVI Voval:織重 夕 feat. 菅原圭 Direction&movie:Hurray! (2024)「未明」
「走っていくのも待っているのも決めらんない」というのはまさに選択を表しています。夕に与えられた選択肢が「走っていく」「待っている」の2つなのかというと違っていて、「決めらんない私へ 1番線から叫んでいた」とあるように、1番線(逆方向)の電車に乗る=逃げるという3つ目の選択肢が表されています。
現実の夕は、3つ目の選択肢を選びました。夕はモノづくりを辞めて、教師になる道を選びました。『未明』で歌った自由の先に夕は自分の夢を諦めてしまいました。
「電車」「行進」といった表現から、夕の意識の中に1つの集合体が存在することが分かります。「行進」は歌詞に含まれている「更新」と繋がっていて、「更新」する集団、つまりモノづくりをする人たちのことです。「去った電車に一礼」「行進を止めないでいて」という歌詞は、夕がモノづくりをする人々を尊敬し応援しながらも、自身はモノづくりから離れてしまったということを示しているんだと思います。
苦しんだ自分を肯定したい
どうしようもないほど泣ける夜と
肩を組んで笑ったら朝陽がほら
苦しみがなければ楽しさが
際立つこともないと
伝えたいな 一昨日の私にLyric&Music:VIVI Voval:織重 夕 feat. 菅原圭 Direction&movie:Hurray! (2024)「未明」
この曲の歌詞では「今日」「昨日」「一昨日」という3つの日にちが含まれています。「今日」は現在を意味し、「昨日」は過去を意味しますが、「一昨日」とはいつのことでしょうか。「苦しみがなければ楽しさが際立つこともないと伝えたいな」としている相手としての「一昨日の私」なので、「一昨日の私」はこのことを知りませんでした。つまり、モノづくりの苦しみもその中にある楽しさも知らない創作を始める前の自分が「一昨日の私」です。したがってここの歌詞は外崎が言っていた「100曲作ってダメだったけれど、それでも自分がやってきたことは無駄じゃなかったって歌っているんだ」に該当する部分だと思います。
『未明』について、夕の思いと外崎の受け取り方を見てきました。ただ注意すべきなのは、楽曲を作った時点では夕は楽曲制作をやめていなかったということです。「あの曲は、モノを作ること続けていくことができなくなった自分に向けた歌なんだよ」と外崎は言いましたが、ライブハウスで歌った時点ではそうなっていたというだけで、楽曲制作時点では夕の中に夢への思いがあったということが、最後の楽曲の意味の変化に繋がります。
彼方の解釈 一度諦めるが再度挑戦する人の歌
書いている僕も、おそらく読んでいる方も気が重いかと思いますが、最初のMV作りの時に彼方がした『未明』の解釈がどういうものだったかを確認していきます。この記事では彼方がここでした解釈を「彼方解釈」と呼びます。彼方解釈は、ポジティブすぎる、言葉の意味を肯定的な方向に100倍拡大解釈している、そんな彼方の人柄がよく表れた歌詞解釈になっています。彼方っていい子ですよね。
彼方解釈を考える時に作中で最も参考になるのは彼方が書いていた歌詞考察です。本来ならば劇場で流れる一瞬で記憶すべきですが...本編映像第1弾でこのシーンがあって、なんと文章を確認できます。僕もたまにメモ帳にこのようなことを書いたりしますが、見られたら死にたくなる...。それがYoutubeでいつでも確認できるなんて知ったら彼方はどうなっちゃうんだろう。下記の動画の0:34のあたりと0:55のあたりです。
youtu.be
彼方の思い
作中最初の教室のシーンで、彼方はMVのことを「楽曲の解釈を変えるもの」「見た人や楽曲を応援するもの」だと言っています。ライブハウスのライブ後では、夕の言葉をポジティブに捉え「自分のMV次第で先生がまたモノづくりを再開するかもしれない」と思っています。つまり、彼方は夕の創作活動を応援するものとして、彼方解釈に基づきMVを作りました。
彼方の受け取り方
「途中で夢を諦めたってことかな...いやでも、最後はそんな感じでもないんだよな」「1回は諦めるんだけど、でもやっぱり自分がやりたかったことを突き通す...ってことかな」は2つともMV作りのシーンで彼方が言ったことです。彼方はこの曲を一度諦めるが再度挑戦する人の歌として捉えていることが分かります。
彼方の歌詞考察メモをまとめます。「それでも歩みを止めない」とか「諦めない」というワードは歌詞からの読み取りというよりかは、夕に歌を諦めてほしくないという彼方の気持ちが大きく含まれていると感じます。
- 思いどおりにいかない現実にいらついている?力がない、弱い自分へのいらつきが強い。それでも一歩を踏み出したい。自分の中の何かを変えたい。情けない現実をそのままになんてしておけない。
- 挫けそうになることは何度もある。それでも止まらず進み続ける歌。
- 前半は情けない自分を責めるフレーズが多い。あきらめかけている描写も。 そんな情けない自分を徐々に受け入れ始める。それも悪くないよな。「そんなの嫌だが近づく」本当はなにも諦めたくなんてない。
- 止めないで。弱い自分とはさよなら。ここからまた進んでいく。一度は花を踏みつぶしてしまった足。それでも夢に向かって、歩みを止めないで、行進を続けていく。
- 1番線から叫んでいた→昔の自分が、今の自分へ諦めないでと訴えかけている?本心ではこのままの自分では嫌だと思っているとか?
- 昔から今も変わらず眩しくて、目指し続けている場所がある。
©「数分間のエールを」製作委員会
メモ内でいくつか被っている内容もあるので、一部抜粋して、歌詞に照らし合わせて見ていきます。
歌詞から読み取る意味
一度は花を踏みつぶしてしまった足。それでも夢に向かって、歩みを止めないで、行進を続けていく。
心が2つに分かれた日々
壁一枚の隔たり 現状と夢
花開く、その芽も根も葉も
踏みつぶしたのはこの足
最低だ 気づかないでいたLyric&Music:VIVI Voval:織重 夕 feat. 菅原圭 Direction&movie:Hurray! (2024)「未明」
ここの歌詞では夢を追う過程で、自分の花開く可能性を全て自分で潰してしまったという後悔が書かれています。彼方解釈ではこの歌詞にある「足」を最後の「行進」と結びつけています。すごい。これは大したアクロバットだ。強引ながらもアイテムによる歌詞の接続で、個人的にはかなり好きな読み方です。
「あなたの自由なんだよ」
この言葉に嘘はないから
行進を止めないでいてLyric&Music:VIVI Voval:織重 夕 feat. 菅原圭 Direction&movie:Hurray! (2024)「未明」
「足」と「行進」を結びつけることにより、行進している人と花開く可能性をつぶしてしまった人(=自分)を同一人物だと彼方は理解しました。「行進を止めないでいて」は自分以外の人に歌っているんだとこの記事で書きましたが、彼方解釈では自分も「行進」の列に加わり、夢を諦めず歩んでいく、としています。
1番線から叫んでいた→昔の自分が、今の自分へ諦めないでと訴えかけている?
降りたホーム、2番線
去った電車に一礼
そっか終点まで手持ちがないのか
走っていくのも待っているのも
決めらんない私へ
1番線から叫んでいたLyric&Music:VIVI Voval:織重 夕 feat. 菅原圭 Direction&movie:Hurray! (2024)「未明」
1→2を過去→現在と捉えれば、彼方解釈は成立します。もう少し踏み込んだ理解をすると、1番線(過去)の自分から2番線(現在)の自分へ向かって「走れ!!!」と叫んでいる、というのが彼方解釈なのだと思います。本当にすごい読み方をしますね、彼方は。
彼方解釈について見てきました。特に注意すべきポイントしては、彼方の受け取り方が間違っているわけではないということです。彼方は自分の思いの元にかなり積極的に明るい方向に歌詞を読んでいきました。夕の気持ちに寄り添っている解釈ではありませんが、これはこれでありというか、こちらの方が好みの人の方が全体の割合としては多いのでは?と思います。この楽曲にこれほどまでに光を見出せる彼方は本当にすごいですね。
なぜ彼方が作ったMVは否定されたか
なぜ彼方が作ったMVは公開することを許されなかったのでしょうか。きわめて簡単に言うのであれば、作ったMVが夕が楽曲に込めた意図に反するものだったからです。ただこれを誤読や解釈違いだから怒られた、と理解するのは少し違うんじゃないかと僕は思っています。ではなぜ公開を許されなかったのかを見ていきます。
こういうメッセージにはしたくなかった
一番には、彼方がMVに込めたメッセージについて夕が、『未明』にそういうメッセージを込めたくない、と思ったからだと考えています。外崎が言ったように『未明』は苦しみに耐えかねて諦めてしまう自分を励ますようなメッセージが含まれています。これは彼方がMVに込めたがっている「諦めないで」というメッセージと矛盾します。
彼方のMVにある残酷さ
「情けない現実をそのままになんてしておけない」「弱い自分とはさよなら」など、彼方の歌詞考察メモには弱い自分を否定するようなことがいくつか書かれています。そして出来上がったMVは(フルMVを見ることはできないのでMV中の物語がどうなのかはわかりませんが)、大きくて高い塔を見つめるキャラクターが描かれています。塔に手をかけてすらいないんです。過去を否定して、今までには意味がなかったけれどもう一度、なんて思える力はもう残っていない夕に見せるには、あまりに残酷なMVだと思います。
彼方にこうなってほしくない
じゃあ彼方にそう言えばいいじゃん、って思いますよね。どうしてそれが言えなかったのでしょうか。それは、夕が自分ではまだ苦しんできた過去を肯定できていないからです。肯定したいけれど、できていません。歌への未練もまだ消せていません。教師にになる前の日の夜だって歌っていたし、彼方に聴かせるためと理由をつけてライブハウスでも歌っていました。だから、自分の純粋な目で見てくる彼方に、苦しみと共にあった自分のモノづくりを説明することができなかったんだと思います。できることなら自分とは違う未来に行ってほしいから。でも彼方の未来すら信じられない夕は「君は今じゃない」と言うことしかできなかったんだと思います。
『未明_02』の解釈 僕が肯定してみせる
『未明_02』は、中川萌美(なかがわもえみ)の言葉に励まされた彼方が夕を海まで追いかけて、再度MVを作ることを申し出て実現した作品です。この映画の集大成であり、熱く、力強い作品になっています。
彼方の思い
萌美に「彼方のMVは応援なんだよ」「自分でも気づいていなかった楽曲のいいところを見つけて励ましてくれる」と言われ、彼方は軽音部の部室を飛び出し、学校を抜け出して、夕を海まで追いかけました。そして、「作り続けて諦める人の気持ちは僕にはわからないかもしれない」「でも作らせてください!」「先生が今までやってきたことをいいって思えなかったとしても、僕が肯定してみせる」と伝えました。
夕の思い
彼方の思いを伝えられた夕は、ずっとつけていたイヤホンを彼方に渡し聞かせます。イヤホンの先のスマホには夕がこれまでに作ってきた100の楽曲が入っていました。ここにきてようやく、夕は彼方に向き合い、自分がやってきたモノづくりを、紡いできた言葉を伝えることができました。最初のライブシーンでは逃げて、ライブハウスでは彼方の目を見れず、MVを否定する時もその意味をちゃんと伝えられなかった夕がようやく1人のファンと、モノづくりをする自分を追いかけてくる後輩と向き合えました。「きっと私も最初はそうだった。自分が感動したように他の人の心を動かせると信じていた」「それができたらどんなに眩しいだろう」と振り返り、モノづくりを始めた最初の頃の心を取り戻しました。
完成したMV
劇中最後に流れるMVは、何度も何度も作品を作っては、苦しみながらもまた新しい作品を作る、という内容でした。彼方が最初のMVに描いたある種の残酷さを残しつつ、苦しむ様子そのものが美しい、格好いいと思える、そういう内容だったと思います。美しいと思わせること、それが彼方が「肯定してみせる」と言ったことの証明で、この作品が送るエールなんだと僕は思います。そしてその姿は彼方がずっと絵を描く姿を見続けたかっこいいあいつへの、彼方なりのメッセージでもあると思います。
歌詞から読み取る意味
「あなたの自由なんだよ」
この言葉に嘘はないから
行進を止めないでいてLyric&Music:VIVI Voval:織重 夕 feat. 菅原圭 Direction&movie:Hurray! (2024)「未明」
最後のMVでは、大勢の人が徐々にモノづくりに挑み、諦めていく様子が描かれていました。「行進止めないで」については、この記事で2つの意味を書きました。1つ目は、自分はモノづくりをする人々の群れから離れてしまうけれど、そこに残る人への応援の意味。2つ目は、自分もモノづくりを行う人の群れの中に居続けて、ともに歩みを続けていくという意味でした。MVのラスト、主人公はまだキャンパスの前に立っています。それこそが、『未明』の解釈の最終的な答えなんだと思います。
おまけ 「朝」と「夕」と「星」
空には 星がある
でも それは見えない
街の光に遮られ 喧噪に遮られ 雑音に遮られ確かにそこにあるはずなのに 何も見えない
まるで何もないかのように
暗闇が広がっているだけだでも 星はあるのだ
間違いなくそこにだから 僕は(私は)
今日も 星を探している©「数分間のエールを」製作委員会
物語冒頭の独白です。「星」って何だろうという疑問はあるのですが置いておいて...星を探す話をしているアニメの中で、数エールと似たような話をしているアニメが1つあります。
それが、アイカツ!です。
無敵の主人公である星宮いちごに見出されアイドル養成学校であるスターライト学園に入学した大空あかりは、試験でつまづいてしまってい、挫けかけています。星宮いちごはそんな大空あかりに何か声をかけようとしますが、本人が無敵すぎたあまりに深く思い悩んだ経験がなく、何を言っていいかわかりませんでした。そんな中見つけたのが自分がアメリカ留学した際に親友が託してくれた手紙でした。「どうしても困ったときに開けて」と言われたそれを星宮いちごは結局開けることはなかったのですが(無敵すぎる!!!)、親友が何を言ってくれようとしたかを知るために手紙を開きました。そこには「アメリカの眩しい空に今、あなたの輝きが見えなくても、夜の日本にいる私にはあなたの輝きがしっかり見えている」と書かれていました。その手紙をきっかけに星宮いちごは大空あかりを導き、大空あかりは試験で成功を収めることができました。
何が言いたいかというと、「星」って夜にしか見えないんです。だから、アメリカの空で星が見えなくても、時差がある日本では見えている。
このことから、星を探す物語である数分間のエールでは、「朝」屋彼方には、今始まったところだぞ頑張れよというエールがこもった名付けがされて、織重「夕」には、あとちょっとだぞ頑張れよというエールが込められた名づけがされているんじゃないかと、僕は思います。うーん、大好きだ...。
謝辞
まず、この素晴らしいアニメ映画を作り上げてくれた制作委員会、スタッフの皆様、本当に本当にありがとうございます。
そして、この記事を事前に読んで感想をくれたケイスケ隊長(@gkeisuke)、友人K君、二人のおかげでよりいい記事にできました。本当にありがとうございました。
最後に、何よりも、この記事を最後まで読んでくださったあなたへ。最大限の感謝を込めて。ありがとうございました。
©「数分間のエールを」製作委員会
3DCGステージでの水中表現と映画ポルプリでの進化について
3DCGで作られたステージって、
良いよな...。
皆さんこんにちは。3DCG大好き、こめにくしおです。
この記事で言う「ステージ」は、場所としての意味ではなく、空間・音・演技を含めたショー全てを表しています。

この記事の目的
劇場版「ポールプリンセス‼」が公開されて3DCGステージへの注目が高まっている今、過去に作られた素晴らしい3DCGステージを紹介しつつ、そこから見て「ポールプリンセス‼」のステージがどうすごいのか、それを語りたい。
今回は
「水中世界の表現」に注目する。
過去のステージで水中世界はどのように表現されてきたか
アイカツ!「Poppin' Bubbles」
早速だがこれを見てほしい。
待って!!
本音で言うとYoutubeで上がっているゲーム版じゃなくてアニメ版を見てほしい。ちょうど120話で数字的にもキリがいいから見やすいと思う。
この回はステージとストーリーがほぼ無関係だからステージだけ見ても大丈夫。20:00~くらいからステージが始まるので見て!待ってるから!
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わかるよ。
君の頬には今、清らかな涙が一筋伝っている。
水中世界の美しさ、泳ぎまでも表現として成立させる自由さ、歌詞で表現される少女の純真さ、透き通るような歌声、ダンスの可愛らしさ...、これは出る、涙が。綺麗な涙が。
少しだけアイカツ!のステージについて語る。アイカツ!のステージには少女向けアイドルアニメでよく使われる丸型の舞台での演技のほかに、ファッションショーのようなモデルのウォーキングをダンスとして扱うものがある。この特性を活かして泳ぎをダンスに組み込んだり、アニメ版ではバレエのステップを飛び込みとして扱っている。
水中世界の表現とはいっても、アニメでは実際に水中に行ってそこでキャラクターを踊らせることもできる。このステージはそのことを最も上手く組み込んだ一例だ。
新章アイマリンプロジェクト「The Boon!」
アニメだから水中に行って踊れるとは言ったが、本当にそれをやっているステージは実は少ない。踊っているキャラクターは人間であることが多く、人間は水中では踊れないからである。人魚がアイドルをやるアニメもあるのだが、人魚のモーションアクター(映像を作るために現実で踊ってくれる人)がいない以上、人魚の3DCGステージは実現しえない。少女向けアイドルアニメの傾向として、ステージをやる場所は現実と異なる空間として、非現実的なこともできる夢の空間として扱っていることが多い。しかし一般向けの作品ではこれも使われない。これは3DCGステージの強みをリアルさに見出していることが大きいと思う。
そこで一般向けの作品では、疑似的な水中世界にキャラクターがいるように描くことがある。この動画を見てほしい。
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わかるよ。
映像のすごさに興奮してリピート再生が止まんなかったんだろ?
ステージ背景の作りこみ、すごすぎない?ダンスの動き、きめ細やかすぎない?声、可愛すぎない?
豊富な資金を3DCGステージに投入してくれるSANYOに特大の感謝。
ループ再生しながらでいいので、記事を読み進めてほしい。
スマホで読んでいる人には音楽サブスクを置いておくので、聞きながら読み進めてほしい。
nex-tone.link
このMVではインターネットを水中世界のようにとらえることで、ステージに独特な雰囲気を与えている。詳しく説明する前に、アイマリンちゃんは「海物語」のキャラクターである「マリンちゃん」に近未来的な要素を取り入れたキャラクターであることを知ってほしい。ポイントは、海に由来していて、近未来的な要素を取り込んでいることである。
アイマリンちゃんはいろいろな場所に移動しながら歌い続ける。言い換えると、アイマリンちゃんは、魚が海を渡るように、いろいろ場所からネットに繋がれたインターフェイスを介して空間を渡っている。つまり、アイマリンちゃんはインターネットという海を泳ぎ、僕たちの前に現れているのだ。
アイマリンちゃんについてさらに詳しく知りたい人は、クリエイター様たちのインタビュー記事を読んでほしい。
kai-you.net
MV中にある魚のホログラムのような表現は、他のアイドルのステージでも使われている。(※1)これ以外にも1つ、「The Boon!」で行われていることで他のアイドルのステージでも採用されがちな要素がある。フラダンスのような、腕や腰を使った揺れる動きである。水の流れを表せるこの表現はいろいろなところでよく使われている。この独特な動きも、水中世界を表現するステージの面白さだ。
このように、様々な工夫を積み重ねて実現しているのが一般アニメにおける水中世界の表現である。
ワールドダイスター「Decide」
現実での実現の可能性を持たせながら、水中世界を表現しきったステージがある。それがワールドダイスター「Decide」だ。
これを見てほしい。
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大丈夫?
まだ正気を保てているか?
込められたメッセージを食らって
ぶっ倒れていないか?
回復用に可愛いカトリナちゃんの画像をどうぞ。

水中世界とそこにいる人魚の表現がすごいのは見た通り。その表現に使われている要素を1つ1つ分解していく。
- 照明 ... カトリナがいる中央には日差しが差し込んだようなスポットライトを当て、それ以外の部分は青く暗く照らすことで、水底を表現し、天井部分に水面に太陽が映るような照明を当てることで水面も表現している。
- 泡 ... 海底から湧き上がる気泡(※2)を表していて、これも水底の表現の一部。
- 魚影 ... 天井などに投影することで水中世界であることを強調している。
- 人魚 ... カトリナ自身。最初の真上からの画角から水面に登っていくまで一度も足を見せないことで、人魚としての自分を表現している。
驚くべきは、これらすべてが現実で再現可能な要素であることだ。他のステージにあるダンスなどの激しい動きはないものの、リアル感を持たせつつ水中世界を表現しきっている最高のステージだ。
過去ステージの紹介はここまでにするが、記事を書くにあたり調べた結果をまとめておくので、気になる人は確認してほしい。
劇場版「ポールプリンセス」が描く水中世界のステージ
映画で表現された内容について語る前に、今回注目する東坂ミオさんがどういったキャラクターなのかを知って欲しい。
というわけでこちらをどうぞ。
可愛らしさ全開なのに大人っぽさを感じてドキッとする瞬間...これ!!!
踊っているのは東坂ミオ。彼女がポールダンスに感じている可能性は、憧れのキャラクターを自分自身を通して表現すること。元々コスプレイヤーをやっていた彼女は、自分自身が行う表現としてキャラクターになりきることに強いこだわりを持っている。その対象となるキャラクターは一般的な人間ではなく、ステージの背景にもなっている魔法少女のような特別な存在だ。その存在を表現することが彼女の挑戦である。
作品という枠から見れば、現実にもあるコスプレイヤーという存在が、同じく現実にもあるポールダンスという技術を通じて、今まで夢の空間の中で描いていた特別な存在を表現する、そういう挑戦である。
で、実際映画ではどうだったかと言えば....
先にこの記事の間違いを1つ訂正させてください。
人魚のモーションアクターはいました。
人魚の3DCGステージが実現された瞬間を見た。

ポールを掴めば人魚になれる。嘘みたいな本当のこと。ポールという支えを得ることで、下半身は重力から解放されてより自由な表現が可能になる。尾びれを使って踊ることもできるし、水中を上下に動き回ることだってできる。ポールダンスこそが夢の空間に行くためのカギとなる、嘘を本当にするための力になる...東坂ミオが感じた可能性はここに形になった。
舞台上の演出も素晴らしい。ここまでの全てがある、本当に。照明、泡はもちろんステージが進むにつれて変わっていく背景映像は楽曲のストーリーを強く印象付けるし、魚が飛び回り貝が踊っている様子は東坂ミオが感じている幸福を最大限祝福している。
何と言ってもすごいのは東坂ミオの茶目っ気というか可愛らしさというかかっこよさ...。足に魔法をかけるような動きだったり、ダンスについて歌いながら足をバタバタさせてみたり...とにかく見どころが多すぎる。明確な技術がありながら自分が表現したいことに妥協がない彼女の人柄に感動させられっぱなしだった。
これでまだ語りたいこと全部ではない。でもこの記事でずっとしてきた通り、ステージの魅力は結局は見ることでしか伝わらない。
劇場版「ポールプリンセス‼」のステージはもちろんこのステージ1つではない。同じくらいすごいステージがあと5つある。見なきゃ損だとは言わない。でも3DCGステージの偉大なる前進をその目に焼き付けたいとは思わないか?
つまり....
今すぐ劇場へ!!!
おわり。
(※1)
Aqours 2ndSingle 「恋になりたいAQUARIUM」Full - YouTube
(※2)
[グレートネイチャー] 海底から湧き上がる気泡群 神秘の水中世界!地中海 イタリア パナレア島 | NHK - YouTube
アニメ映画「駒田蒸留所へようこそ」感想文~「KOMA」(独楽)に込められた意味と駒田一家それぞれの思い~
11/11(金)に劇場公開された映画「駒田蒸留所へようこそ」を見てきました。ばらばらだった家族が「KOMA」というウイスキーを中心にして一つに結束していく様子に、非常に感動しました。この記事では、僕が特に好きだった作中の要素である「KOMA」(独楽)に込められた意味と家族のウイスキーへの思いについて、作中で印象的だった言葉とともに振り返ろうと思います。映画の内容のネタバレを含みますので、ご注意ください。

KOMA(独楽)に込められた願いと作中での意味

作中でも何度も表されている通り、「KOMA」とは独楽を表します。この独楽が回る様子がこの物語では非常に重要でした。始めは大きな円を描くように、勢いはあるけれど危なっかしく転がり、描く円がだんだん小さくなっていって、やがて1つの場所に留まり安定して回り続けます。人とウイスキーがこの駒のような静止状態にあり続けてほしいという気持ちが、この物語に込められた願いであり、込められたメッセージだったと僕は思います。子供時代、独楽で遊んだ時、投げた後の独楽を見つめる自分は「このままずっと転がり続けていてほしい」という気持ちでいました。それは当然回り続けられる長さを友達と競っていたからでもありますが、独楽は回っている状態が一番美しいから、という理由も間違いなくありました(実際独楽に色を塗って回転している時に見える模様を楽しんだりもしました)。そういった「ずっとこのままであってほしい」という気持ちが人や物に向けられる様子がこの物語ではよく描かれています。
「この先、ずっと続いていくといいな」
作中冒頭の「KOMA」を駒田蒸留所のみんなで飲む場面、「KOMA」を作り上げた先代である琉生のおじいちゃんの言葉です。家族で出来上がった「KOMA」の味を確かめながら、息子に自分のウイスキー作りを受け継げたことを確かめながら、孫が頼れる次世代としてウイスキー作りへやる気を見せている様子を見ながら、言った言葉です。自分の手で始めた「KOMA」蒸留所の永遠を願う気持ちが表れています。この言葉はこの作品最初の願いであり、物語の中で度々現れる願い、「物事を続けていくこと」への自分自身、家族、他人、集団、モノへの願いの始まりです。続けていくことへの願いは、1つの場所に留まって転がり続ける独楽を見つめる時の思い、ずっとこのままであってほしいという思いと共通しています。
「いいんじゃないの、必死にやった結果、俺はこの道に出会えたんだから」
この言葉は、上司が紆余曲折を経てライターの仕事についた経緯を知った主人公・光太郎が「それでよかったんですか」と質問をした時の上司からの答えです。話は変わりますが、社会人を始めてまだ数年の自分からすると、仕事って永遠に続くのじゃないかと感じています。実際には永遠じゃないことは百も承知ではあるんですが、自分が今までやってきた仕事を振り返ってそれがこれから数十年続く事実を考えると絶望するし、あまりの道の長さに永遠という大それた言葉を使いたくなってしまいます。そんな自分の視点から見て、物語の中で光太郎に共感できる要素がたくさんありました。まず、任せた仕事に大した説明もしてこなずに「肝心な部分はプロに任せればいいから」と雑な渡し方をしてくるくせして先方から怒られたらこっちに責を押し付けてくる上司が許せないです。僕も曖昧な指示だけを与えてくる割に指摘だけはガンガンしてくる先輩に腹が立ち衝突した過去があります。(衝突した結果、正論でボコボコのバキバキにされて僕の業務態度を叩き直されましたが...。)加えて言うと、ウイスキーにちょっと興味を持って居酒屋にあったものを頼んでみてそれをエピソードとして話してみたらなぜか空気が悪くなる、これも正直光太郎からしたらうまくいかない、向いてないと感じる要因になるという心の動きにすごく共感できます。僕も自分が知らない過去の出来事を元に自分の意見を否定されると嫌な気持ちになったことがあるし、その時は「それなら知ってるやつらだけでやっとけよ」という拗ねた気持ちも少し沸いてきました。このように、全く同じような出来事が起きているわけではないですが、光太郎と同じで、僕も仕事を続けていく自信が持てない瞬間があります。自分から見たとき、自分は仕事に向いているとは決して思わないし、続けていくことで大事を成す自信は常に持てていません。
しかし、自分ではない客観的な視点から見たときに、「必死に取り組んで、続けていくこと」はある種の美しさを持っています。自論ですが、1つの物に真剣に向き合ってそれを続けていける人は、向き合う対象が何であってもかっこいいです。必死に取り組んで、その結果行きついた場所でやれることをまた必死にやり続けるというのが上司の仕事に対する向き合い方で、そのあり方が持つある種の美しさ・カッコよさがこの「お仕事アニメ」が与える仕事についてのメッセージだと感じました。それは作中にある「物事を続けていくこと」への願いをこの作品を見た人に向けた形で、つまり作品自体が持っている仕事に取り組む人への願いなんだと、僕は思います。
「お前までKOMAを諦めなきゃいけないのか」
「物事を続けていくこと」には内的な障害だけじゃなくて、外的な障害も多数あります。この言葉は、原酒を貯蔵・熟成している建物が燃えてしまい琉生が「KOMA」作りと駒田蒸留所を諦めなければならないほど追いつめられたときに、ベテラン職員である努から出た言葉です。何かを辞めたり諦めた人は作中に何度も出てきます。地震をきっかけとして「KOMA」作りを諦めてしまった琉生の父親、蒸留所を続けていくために美大を辞めた琉生、高校生から続けていたバンドを辞めてしまった光太郎の友人。ここまでで何度も書いた通りこの作品は「物事を続けていくこと」への願いを肯定的に描いた作品ですが、辞めたり諦めたりすることを否定的に書いている作品ではありません。光太郎の友人は、バンドを続けてきたおかげで、辞めてしまった後もそこで得た繋がりを活かして仕事で活躍できています。琉生は美大を辞める代わりに蒸留所の社長として活躍し、絵の道を志した過去もテイスティングノートの記録という形で活かされて、その絵は光太郎の協力により「KOMA」のための原酒集めに大きく貢献しました。琉生の父親は、ウイスキー作りを諦めることで短期間ではあるものの蒸留所を守り、琉生の兄・圭に自分のテイスティングノートを託すことで、結果的に「KOMA」作りを受け継げました。これらに共通しているのは、辞めたことで得るものがあったということと、人との繋がりによって「続けてきたこと」が特別な価値を持ったということです。琉生が諦めなければならないほど追いつめられたこの局面でまた、「続けてきたこと」が価値を持ちます。従業員が、琉生の父親がウイスキー作りを諦めてまで守った従業員たちが、琉生を励ますのです。駒田蒸留所が駒田蒸留所でなくなってしまうのが嫌だ、「KOMA」の復活を諦めたくない、というのが従業員たちの思いでした。これは琉生の祖父の願いから始まった「物事を続けていくこと」の自分自身、家族、他人、集団、モノへの願いです。そうした思いを受けて琉生は一度は諦めかけた「KOMA」作りへの夢と蒸留所継続の意思を取り戻しました。
辞めることや諦めることとまた始めることは、独楽に通じています。回る独楽に永遠を願えど、いつかは止まってしまう。子供時代に遊んでいた独楽もそうで、投げては止まり、投げては止まりの繰り返しでした。でも、止まってしまった独楽をもう一度回そうとするとき、これまでの経験をもとにもっと上手く回してできるだけ長く回るようにする。それが独楽という遊びの醍醐味であり、キャラクター達の在り方に投影されています。原酒からウイスキーを作るときもそうで、何度も繰り返しトライして、だんだん理想の味に近づけていく。独楽は伝統工芸であるがゆえに、継承の要素も持っていて(実際独楽で遊ぶ場面では琉生・圭・父親の三人が描かれている)、それがテイスティングノートの継承と繋がっている。始めて、続けて、立ち止まる時もあって、でもまた始めたり誰かに託したりする。こういったあり方を物語の芯に置いていろいろなキャラクターに投影しているのがこの作品の凄いところで美しいところだと僕は思います。
作品の最後で、琉生は「今回の「KOMA」は未来への約束だ」と言います。「KOMA」復活への物語はたくさんの人に支えられてきた道でした。「KOMA」のファンである光太郎の上司、原酒集めに協力してくれる他の蒸留所の人たち、クラウドファンディングで資金提供してくれた人たち、かつて交換した原酒を渡してくれた湖国酒造の社長、駒田蒸留所の従業員たち、光太郎と駒田一家。その人たちの心にあったのは「KOMA」を取り戻したいという気持ち、復活した「KOMA」を続けていってほしいという願いでした。そうした「願い」に「約束」で答える...素敵すぎると思いませんか?僕は思います。
駒田一家それぞれの蒸留所・ウイスキー・家族への思い
「どこから始めたとしても、なりたい姿さえわかっていればたどり着ける」
これは、ウイスキー大手である桜盛酒造に入社するもののウイスキー生産には携われず営業職として働いている琉生の兄・圭の言葉です。圭は琉生に駒田蒸留所の買収を持ちかける、いわゆる敵キャラの立ち位置の人物です。地震で大きな被害を受けたがゆえにウイスキー作りを諦めた父親に反発して家を飛び出た経緯もあり、その行動は琉生から見ると裏切り者に見えていました。ただ、圭は本当は父親の決断を尊重していて、「せめて従業員だけでも守りたい」と買収話を持ちかけてきたことがのちに明らかになります。最終的には従業員も駒田蒸留所が駒田蒸留所のままであることを望んでいるのを知り、買収話を取り下げました。
圭は周囲から誤解されるキャラクターとして描かれているのですが、彼もまた琉生を誤解していました。琉生が美術を志していた過去を知っていたがゆえに、彼女がウイスキー作りに情熱や愛情をもって取り組んでいることを見抜けていなかったのです。彼が妹に対して頑なだったのは、自分が継ぐはずだった蒸留所を琉生に美術を諦めさせてまで継がせてしまった、という負い目もありました。そういった誤解や負い目が光太郎の記事によって解かれていきます。光太郎が桜盛酒造に記事についての謝罪に行ったときに、記事はほとんどが琉生自身の力による成果だと知り、嬉しそうにする圭が、僕はすごく好きです。
「なりたい姿さえ見えていれば、どこから始めたとしてもたどり着ける」という言葉は、不器用ながらも真っすぐな圭の性格をよく表した言葉です。同時に、ウイスキー作りに通じるところがあります。作中でも描かれている通り、ウイスキーを作るにはたくさんの原酒から調合に使う原酒を選ぶところから始まり、組み合わせに工夫を重ねて作り上げていきます。原酒は作るたびに毎回違う味になります。つまり、スタート地点(原酒)が違ってもなりたい姿(「KOMA」)さえ分かっていればたどり着ける、という意味に繋がってきます。だからこの言葉は、最後に家族で「KOMA」を作り上げる場面につながる重要な言葉だと考えています。それを圭が言ってくれたのが、僕はすごく嬉しいです。
「お父さんはあなたを憎んでいると思った」
これは、初めて買収話を持ち掛けた日以来母親に会っていなかった圭が父親から託されたテイスティングノートを持って実家を訪れる場面で、母親・澪緒が圭に向かって言った言葉です。澪緒さんはお酒があまり強くない人で、経理の仕事をして夫の仕事を支えていました。琉生が蒸留所の社長になってからは、家で仕事を続けています。圭が持ちかけた買収話を最初に断ったのは、澪緒さんです。僕は買収話を断る澪緒さんを見たとき、なぜ断るのかが全く分かりませんでした。琉生とは違って、彼女は圭が駒田蒸留所の従業員を守りたいがゆえに買収の提案をしてきたことがわかるはずで、夫が従業員と蒸留所を守るためにウイスキー作りを諦めた事情も理解していたので、それだけ考えると、買収話を断る理由はないと考えていました。でも、澪緒さんがした圭を呼び戻す提案を夫が断ったときに、夫が息子を憎んでいるんだと思ったのであれば、話は全く変わってきて、全てが腑に落ちます。夫がウイスキー作りを諦めてまで駒田蒸留所と従業員を守るために奮闘した数年間を寄り添い続けた澪緒さんからすれば、その夫が憎んでいたはずの相手にだけは絶対に駒田蒸留所を渡せなかったという気持ちがわかるからです。澪緒さんが息子を憎んではいないことは呼び戻す提案からも明らかで、極めて複雑な心情が推測できます。その心情を、蒸留所を1人で背負う琉生に伝えられるわけもなく、澪緒さんは圭の話をすることすらできなくなっていました。父親が圭に託したノートから、その憎しみが誤解だったという真実がわかって、本当に良かったです。
夫の気持ちに対する誤解が解けたあと、澪緒さんは「あなたたちが「KOMA」を作るというのであれば、私から何も言うことはない」と言ってノートを圭に返し、送り出します。ここの「何も言うことはない」は2つの意味を持っていて、子供たちを信じて送り出すという喜びと、自分はお酒が強くなくてウイスキーのことがわからないから何も言えないという寂しさがありました。しかし、琉生たちはお酒に詳しくない澪緒さんを蒸留所へ呼び、ウイスキーの試飲を頼みます。そのウイスキーを飲んだ母親の笑顔を見て、琉生たちは「KOMA」の完成を確信します。それは、父親が残したテイスティングノートに「母さんの笑顔を見て、今年もいい出来になったと確信する」と書かれていたからでした。澪緒さんは夫を支えられず死なせてしまったこと、生きている間もずっと夫のお酒作りを手伝えなかったことを後悔していました。しかしそれは誤解で、父親はウイスキー作りの最も重要な最後の部分を澪緒さんに託していました。これらの真実が分かってから映画を見返すと、冒頭の場面で琉生の父親は澪緒さんの笑顔を見て「いい出来だ」って言っているのが確認できます。しかも自分で飲む前に澪緒さんの顔を見て出来を確かめています。その後に同じ場面が描かれたときでも、父親はずっと澪緒さんの方を向いて座っているし、ちらちらと様子を伺っています。本当に...夫婦の絆が素敵すぎて...大好きです。
「お母さん、KOMAができたよ」
これは、完成した「KOMA」を飲んだ母親の笑顔を見た琉生の言葉です。
最初、琉生は23歳で蒸留所の社長になってから1年で新しいウイスキーを作りヒットさせた才能あふれる人物として現れます。蒸留所への取材でも、他の蒸留所の人に褒められるほどの知識やウイスキー作りへの情熱を見せています。しかし一方で、ウイスキーを語るときは楽しそうな姿を見せたり、圭が勤める桜盛酒造の名前を出されるのを嫌がってムッとしたり、幼馴染を愛称で呼んでしまったり、年相応の一面も見せていました。特に歳が近い光太郎には不満を感じる瞬間が多く、彼に秘密を暴かれてしまったのがきっかけで、それが爆発してしまいます。個人的には、光太郎にも琉生にも共感できるので、この喧嘩が大好きです。光太郎は掃除1つまともにできないくせに不満気なのが腹が立つし、琉生は美大を辞めて社長になってから一年で成功している物語性と完璧さゆえに自分の近くにいれば嫌になると思います。喧嘩によって本音をぶつけたことが、光太郎が琉生に共感を抱き人柄を知っていくきっかけになったように、僕の中にも琉生のへ共感を生んだのが、この喧嘩が好きな理由です。
琉生が「KOMA」を復活させようとしていたのは、冒頭の場面で駒田一家のみんな・琉生が家族のように感じている駒田蒸留所の従業員たちとともに「KOMA」を囲んで飲んだあの時間、それそのものを取り戻したかったからでした。琉生にとってその時間は、家族みんなが1つになり幸せを感じている時間であり、自分が楽しく絵を描いている時間でもありました。美大でのスケッチで他人の絵が鮮やかに見えてしまう場面や琉生がそのスケッチで使っていたキャンバスを黒塗りにしてしまったことからも分かる通り、琉生は美大で挫折を味わいました。そして押し入れにしまってある封を開けられていない段ボールと裏返しのキャンバスから、未だ自らの絵にちゃんと向き合えていないことがわかります。これは自らのテイスティングノートに描いた絵を秘密にしていたこと、その絵を見た光太郎から「さすが美大」と言われたときに不快感を表したこととも繋がっています。「KOMA」復活の過程で、父親から受け継いだノートをきっかけに、美大を辞めて地元に戻ってきて以来一度も開けていなかった段ボールを開きました。そのスケッチブックには、「KOMA」を飲んだ母親の笑顔とその笑顔を見て幸せそうな父親が描かれていました。「KOMA」復活へ最後の要素であった母親の笑顔をきっかけとして、あの時間に自分が描いた絵に再び巡り合えたのです。琉生は自分が楽しく絵を描いている時間、つまり、絵に対する気持ちを取り戻せたのだと思います。「お母さん、KOMAができたよ」という言葉は、「取り戻せたよ」という意味でもあり、琉生の蒸留所を継ぐ決断を真に肯定する言葉に思えて、大好きです。
おわりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。この記事に書きたかった感想は全て書ききれましたが、作品としてはまだまだ語り足りない部分が多いです。トモちゃんの話も全然できてないし...。そのあたりはX(旧Twitter)だったり、風呂入ってるときに天井に向かってつぶやいたりして発散しようかな。お酒を飲んで語らせてくれる、もしくは語りを聞かせてくれる方がいればご連絡ください。なお当方は下戸です(お酒は好きです)。下戸にも優しいウイスキーアニメで良かったです。
この記事を書くにあたり、友人に頼んで写真を提供してもらいました。感謝。サムネにも使ってるあのかっこいい写真はウイスキーが大好きな友人Aからもらった写真です。頭と締めを統一する形で、お酒とタバコが大好きな友人Bからもらった写真を載せてこの記事を終わりにします。重ねてになりますが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

*1 提供:みあ(@_MEER_KATT_)
*2 鹿児島県南さつま市 マルス津貫蒸留所で撮影
*3 提供:鶏肉(@rekishi_tori)
進化するアニソンアーティスト「鈴木このみ」の今日と明日とその続き
こんにちは。鈴木このみ大好きオタク、こめにくしおです。鈴木このみさんといえば全力疾走で進化が止まらないアーティストです。ただ現在彼女は喉の手術によりアーティスト活動休養中であり、立ち止まってくれている(これは嘘で歌えないなりに力を蓄えてるらしい、本当に凄い)ので、これを機に今まで僕が見てきた鈴木このみについて語りたいと思います。ついでに僕自身の自慢というか、得難い体験をさせていただいているという自分語りも挟んでいきます。
ちなみに「進化するアニソンアーティスト」は彼女が掲げているものであり僕が言い出したことではないです。一応。
鈴木このみとはどんなアーティストか
彼女を言い表す時に一番適切なのは間違いなく「歌うことが好きな人」です。歌っている時の彼女は本当に輝いていて、それがアーティストとして一番の魅力だと言えます。そして非常に力のあるアーティストであり、感情が歌に乗る時の破壊力は無敵といって差し支えないレベルです。
一方で彼女は感情を歌にのせるのがちょっと下手だという印象もあります。演技が下手なんですよ、そこにないものはのせられないのが彼女の弱みです。しかし、演技が下手というのは彼女の内面の魅力でもある誠実さに繋がってくる、決して欠かせない大事な要素です。鈴木このみオタク初期の僕はこんな誠実な人間がどうやって生き残るんだと考えていましたが、彼女ははちゃめちゃな努力家であるため、誠実さはむしろ武器になりえるというのが最近の見解です。
前置きが長くなりました。ここからは僕が鈴木このみにハマったきっかけとなった曲である「Redo」から最新の楽曲である「Theater of Life」までを時系列順に語りながら、鈴木このみの進化の軌跡を追っていきます。
「Redo」&「メビウス」
鈴木このみ「Redo」(「Re:ゼロから始める異世界生活」OPテーマ)
「大丈夫 間違ってない ただ「真実」は楽じゃない あなたしか 知らないのが あなた」
(「メビウス」歌詞より引用)
「Redo」はTVアニメ「Reゼロから始める異世界生活」OPテーマであり、「メビウス」はそのカップリング楽曲です。この二曲は迷いの中にある意志を歌う曲です。その意志とは他者の理解を放棄してでも自分の中にあるものを掴もうとする意志です。
特に「メビウス」はライブツアー「Bring it!」のキーとなった楽曲でした。鈴木このみ初のオールスタンディングツアーとして開催されたこのライブは、鈴木このみの休憩がほぼなくぶっ続けで歌い続ける驚異の構成をとります。このぶっ続けの構成の中で流れを切るような形で現れる「メビウス」は鈴木このみの凝縮された叫びというか、当時の彼女の中の「真実」がここに宿っています。
このことは僕が当時受けた印象を元に構成した妄想ですが、ライブ後の記事で鈴木このみ自身が「メビウス」がキー楽曲であることを明かしています。
lineblog.me
「Bring it!」は「かかってこい!」という意味であり、ファンを一度敵対存在としておいた上でぶつかりあう形をとるライブでした。そういうと随分乱暴な印象を受けることかと思いますが、ここで一度ぶつかっておいたからこその信頼関係が現在にも活きてきているのだと考えています。
「Love is MY RAIL」
鈴木このみ「Love is MY RAIL」(「アンジュ・ヴィエルジュ」OPテーマ)
「夢があってそれだけで 生きていけると 思いたいんだ 信じたいんだ Oh MY RAIL! ああ...ただひたすら信じていたい」
(「Love is MY RAIL」歌詞より引用)
TVアニメ「アンジュ・ヴィエルジュ」OPテーマ楽曲です。「メビウス」の中にあった迷いに対する答えになりうる楽曲です。
この曲は自分の中にある歌が好きという気持ちを糧に前に進んで行こうという楽曲です。鈴木このみにとって歌が好きだという感情は非常に大切なものであり、だからこそ感情がのった素晴らしい楽曲に仕上がっています。特に引用部分の歌唱はいつ聞いても抜群で、これを歌っている時の鈴木このみは本当に最強の存在です。
「メビウス」に対する答えになりうると言いましたが、この楽曲では「信じたい」という意志を歌っていてまだ完全に信じられているわけではありません。当時の鈴木このみに「今の私にぴったり」と言わしめたこの楽曲ですが、そういった意味での未熟さが含まれているということでもあったのでしょう。ただ、鈴木このみにとっての歌う理由としてこれ以上の答えはないという楽曲であることは今でも疑いようがなく、歌うたびに価値を増していく素晴らしい楽曲です。
「歌えば君がそこにいるから」
鈴木このみ「歌えばそこに君がいるから」(TVアニメ『LOST SONG』オープニング主題歌)Music Video TV size
「君がいるから ずっとそこにいて欲しいから 歌いたいよ」
(「歌えば君がそこにいるから」歌詞より引用)
TVアニメ「LOST SONG」OP主題歌です。この楽曲は鈴木このみが初めて作詞に挑戦した楽曲です。そして、歌う理由を歌う楽曲です。
「Love is MY RAIL」においては歌う理由を自分の内側に見出した鈴木このみですが、この曲は「歌えば君がそこにいるから」です。外側なんですよ。聞いてくれる人がいるから歌うんですよ。歌を届けたい誰かがいるから歌うんですよ。これは本当にすごいんですよ。本当にすごい。凄すぎる。ファンとしてこんなに嬉しいことが他にありますか?
鈴木このみが歌う理由を外側に求めるようになるきっかけとなるこの楽曲でとっている姿勢は「君がいるから歌う」です。同じく歌う理由の楽曲である「Love is MY RAIL」の作詞者である畑亜貴さんとの共同作詞であることも特徴です。この楽曲は外に向けて踏み出す一歩なのですが、それゆえの臆病さというか、自分から相手に届けるということに終始しているようにも思えます。
ここからガチのマジの自慢をします。この曲が出た直後のツアーである「Magic Hour」東京公演は日比谷野外音楽堂というエモの頂点のような会場で開催されました。当時放送中であったTVアニメ「LOST SONG」はこのライブの一時間前にNetflixで8話が公開されました。8話はフィーニスの真実が明かされる話数です。わかりますか?僕は8話を見た直後に、日比谷野外音楽堂で、「歌えば君がそこにいるから」を聴いたんですよ。最高を超えた体験でした。アニソンアーティストのオタクかつアニメのオタクである本領発揮ですね。自慢終わりです。
「蒼の彼方」
鈴木このみ「蒼の彼方」(TVアニメ「ソラとウミのアイダ」エンディングテーマ)Music Video TV size
「昨日までの自分じゃきっと 気づくこともできなかった」
(「蒼の彼方」歌詞より引用)
TVアニメ「ソラとウミのアイダ」EDテーマ楽曲です。このMVの鈴木このみさん、はっきり言ってめちゃくちゃ可愛いです。この時期の僕は若干ながらガチ恋の姿勢を見せていました。懐かしいですね。
この曲の特徴といえばやはり疾走感と爽やかさですね。圧倒的打開の楽曲です。走り続ける以上は今日は昨日になり続けるし、明日は今日になり続ける。その意味で明日を見る楽曲です。
もう一つの特徴として、この楽曲では見つけたものが何かは語られないんですよ。見えない、見えないけれど前に進んでいく、そういう楽曲です。それをこれだけの明るさを持って歌うことができること自体が鈴木このみの進化なんだと思います。「メビウス」の頃の迷いというか、暗さみたいなものが全く感じられませんからね。
自慢に入ります。この楽曲は鈴木このみAsia Tour2018において中心となりました。ツアー最初の東京公演ではダブルアンコール合わせて二回「蒼の彼方」を歌っています。僕は「蒼の彼方」のことがめちゃくちゃに大好きであり、ツアー中にあったリリイベにおいて「この曲大好きすぎるので毎ライブ二回歌ってください」と言ったりもしました(鈴木このみさんのリアクションは微妙でした)。このツアーは国内は全通したのですが、特に岡山公演がはちゃめちゃに楽しくて、翌日のツアーファイナル博多公演がこれを越えるのは不可能なのではと思いながら足を運びました。わかりますか?博多公演でも二回目の「蒼の彼方」を歌うんですよ。岡山公演ははちゃめちゃに楽しかったはずなのに、それを越えていくんですよ。そして東京公演の再現をすることによってツアーとして完成するんですよ。最高なんだよな、「蒼の彼方」は。
「Humming Flight!」
鈴木このみ「Humming Flight!」(4th Album「Shake Up!」収録)
「もっと大きな夢をみようよ 叶ったらみんなで踊ろうよ」
(「Humming Flight!」歌詞より引用)
4thアルバム「Shake Up!」に収録された楽曲です。鈴木このみ作曲の、愉快な楽曲です。コールがめちゃくちゃ難しい楽曲であることも特徴です。
この曲はAsia Tour2019の中心となった楽曲です。マジでどうのればええねんみたいな楽曲なのですが、だからこそというか、ファンに対する信頼を感じるんですよ。この曲でみんなと楽しくなれる!という確信が鈴木このみにあって、それはファンに対する信頼なしには得られないものだと思うんです。「Bring it!」ではかかってこい!という意志を見せていた鈴木このみですが、彼女自身のライブという空間の捉え方が変わったこともこの楽曲に現れているのでしょうね。わたしが盛り上げる!という軸に加えてみんなで一緒に盛り上がろう!という要素が加わったような印象を受けます。
「Realize」
TVアニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」2nd season OPテーマ「Realize」Music Video (Full size)
「選んだ未来に 僕は君といるんだよ 暖かい陽が差し込む 雪はいつかとけて花が咲くように 決して変わらない愛を信じてるよ」
(「Realize」歌詞より引用)
TVアニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」2nd season OPテーマ楽曲です。Reゼロセカンドシーズンの内容であるリゼロ第四章は「選択」の章であり、この楽曲もその内容に合わせた内容になっています。
この楽曲に込められた鈴木このみのメッセージは「私は選んだ。だから君も選べ。」だと思っています。本人曰く「覚悟をのせる歌」です。「Redo」の時には存在しなかった、ここまでに得てきたものがあるからこその強さを感じる楽曲です。「決して変わらない愛を信じてるよ」はその強さを示す歌詞として素晴らしいですね。
この曲を聴いた時に僕が思ったのは「僕が鈴木このみを選んでるってことを伝えなければいけない」でした。ただこれはマジでスゴスギエピソードなんですが、鈴木このみはこの状況下でファンと会えなかったのにそのことをすでに掴んでいるんですよ。この楽曲について語る時に「みんなも私を選んでくれてこの場にいる」ということを言うんですよ。それって凄すぎません?凄すぎる。俺の推し、凄すぎるよ。
「Theater of Life」
TVアニメ『デカダンス』OPアニメ映像 鈴木このみ「Theater of Life」
「信じたボクと 信じたキミで 今語り始める 明日の続きを」
(「Theater of Life」歌詞より引用)
TVアニメ「デカダンス」OPテーマ楽曲です。今日と明日とその続きを歌う楽曲です。
鈴木このみはライブ大好きアーティストです。しかし今年はコロナのせいで毎年やっていたツアーもできず、現地に行けるライブは「Single Collection」のたった一度だけとなってしまいました。そんな状況もあり僕は「本当の色と 本当の音が 今語り始めた 明日の話」(「Theater of Life」歌詞より引用)で感動するつもりでした。ただ鈴木このみの気持ちが明確にこもっていると感じたのはこちらではなく、頭で引用した2番サビの歌詞の部分でした。
このライブの最後で鈴木このみは休養を発表します。その中で語ったことは「ずっと今と明日ことを考えながら走ってきたけれど、今はさらにその先を考えることができるようになった。だから手術する。」という内容でした。これ、本当に「信じたボクと 信じたキミで 今語り始める 明日の続きを」なんですよ。僕たちを信じた鈴木このみがいて、鈴木このみを信じる僕らがいて、だからこそ手術をすることで明日よりも先に進もうとしているんですよ。ファンとしてこんなに嬉しいことが他にありますか?2
鈴木このみ本当にすごい問題
「Single Collection」は一曲目が「蒼の彼方」で、最後の楽曲は「Love is MY RAIL」でした。一曲目のチョイスの理由は、「今なら本当に世界の果ての色が何色かわかる気がしたから」らしいです。なんなんだ、超越者の顔になってないか....?
2020年の振り返りと2021年の目標
絶対達成するぞ2021
2020年の振り返り
2020年の目標
2020年では二つの目標を立てていました。詳しくはこちらの記事をどうぞ。
kome-niku-sio.hatenablog.com
遅刻をしない
達成率は3割くらいです。重要イベントに遅刻することは今年はなかったですが、ちょいちょいの遅刻やすっぽかしは頻発させてしまいました。特に終盤の期間は2020秋アニメが面白すぎたので現実に対する意識が薄すぎてあり得ないミスを連発しました。来年は現実と夢の時間のバランスを取りながらやっていきたいと思います。
女性声優のオタクを辞める
達成率は8割...いや7割、もしくは6割くらいです。「女性声優というくくりで人を好きになるのをやめる」という意味では確実に達成しています。ですが、それでも好きになってしまった女性声優さんが何人かいるのと、元々めちゃくちゃ好きだった人たちが嫌いになれるはずもないので8割達成という感じです。これに関してはコロナの影響も大きかった気もします。イベントが全くなくなってしまったので。ただ女性声優ユニット「KiRaRe」が11月に発表した楽曲「We Remember」が強すぎて困惑しています。僕が忘れようとしてる中で「私たちは覚えている」っていうメッセージを投げてくるのはあまりに強力すぎると思いませんか?そんなこんなで、来年もこの目標は継続です。アニメオタクとして生きていく以上、声優との関係はどうしても切れないので折り合いを見つけてやっていこうと思います。
2021年の目標
去年の二大目標は達成できていないので継続するのですが、それ以外にも今年の目標を立てていこうと思います。
上手に自分を出す
これめちゃくちゃ下手なんですよ。出すだけならできてるとは思うんですが、うまさが欠けていて理解の難しいものになってしまっている。そこを改善していけたらいいかなと思います。丁寧さを身に付けたいね。
大きな目標を立てすぎない
去年は二大目標の他にたくさんの目標を立てていたのですが、ほとんどが達成できていない。大きく出過ぎでしたね。手の届くところから一歩一歩やっていこうと思います。例えば、歩きスマホをやめるとか。
現状に満足しない
これだけいうと意識の高い目標に思えますが、そうでもないと思います。趣味にしても何にしても、新しいことを試す時の一瞬のふんばりに時間をかけないことを目標にします。どうせ僕は最初から上手にできるタイプの人間ではないので、挑戦と失敗を重ねながら積み上げていきます。
それでは、
今年もありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
2020秋アニメ感想
2020秋、楽しかったね〜。
僕もいつも以上に楽しめました。
せっかくたくさんアニメを見たので、全話まとめた感想記事を書いていこうと思います。自分が見たアニメだけでもいいので、読んでくださると嬉しいです。